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Sir Alick And The Phraser -

In Search Of The Perfect Baby c/w Nursery Chymes

ディスク紹介

1月のベルリン、時は2007年。休日の昼下がり。クロイツベルクの"Schlesisches Tor"という舌が絡まりそうな名前の通りをぶらぶら歩いていた。

 

ビル越しに青いバナナのような顔色をした大きな人の顔が見える。うつろな目をしている。それは隣の建物が無くなってあらわになったビルの側面いっぱいに書かれたグラフィティアートだった。身長20m。七三分けの東洋人男性。古着を組み合わせてオリジナルファッションを目指しているように見える。だが変に気合いが入っていて、いっこうに冴えない。アーティスト気取り。奇妙なことに、ボタン付きシャツを来ているのに肌が透けて見えていて、胸には女性の乳房がある。壁を失ったベルリンの体臭を嗅いだような気がした。

 

昼食抜きのお腹にケバブの匂いが甘い誘いをかけてくる。今日は休日、いつもと同じ物は食べたくない。ポン引きのようにその手招きは幾度と続いた。

日差しはあるが、気温はおそらく氷点下付近。耳たぶが自分のものとは思えない。路駐されたトラックのミラーに映し出された両耳は、見たことがない複雑な色をしていた。稚拙な技巧で作られたクレイアートのようだ。

 

いままで気付かなかった店に目が留まる。中をのぞくと、なにやら雑多な物を売っているようだ。よく見るとレコードもありそうだ。

ガラスが埋め込まれた緑色の木製ドアを押して中にそっと入る。

頭上からベルの音が聞こえ、眠そうな表情の店主がのっそりと奥から顔を出した。毛玉が模様のように絡まった黄色いセーターの首元から手描きのようなタトゥーが無数に顔を出している。初老なのは間違いないが、男か女かよく分からない。

 

レコードは2つの木箱にかなりのゆとりを持って納まっていた。チャリティーショップのように全く意図を感じさせないセレクト内容で、全てに目を通すのにものの3分ほどしかかからない。もう一度レコードを見直すが、やはり何も無い。雑貨や本にも目を向けてみるが、特に気を引くものは見つからない。雑誌の棚の端をよく見ると7インチレコードが数枚あることを発見する。

 

ノートに書かれた落書きのようなイラスト、"DIE ELECTRIC EELS"の文字。「電気ウナギ」っていう名前のドイツのバンド?裏を見ると音楽ジャンルを特定するのが難しいルックスのメンバー写真が2枚。右下にマジックで手書きで"ROUGH TRADE"と書かれている!ラフトレ盤を巧妙に装っているかもしれない。レコード盤のレーベル面をチェックする。"RT 008"の品番がある。これは間違いない。ラフトレの初期シングル盤だ。1980年前後の物だと思われる。

写真からすると決して若くはないメンバーは、それまで普通のロックを演奏していたが、パンクの洗礼を受けてこのシングルを作ったに違いない。内容は疑わしいが、このジャケットには惹かれるものがある。

小屋とテーブルと椅子、そしてコーヒー。

 

もう一枚、気になるジャケットが視界に入る。

モノクロームの世界。バンド名、タイトルなどの情報は一切ない。トランペットを吹くピントはずれの人物写真が右下に、頭を抱える白いベストを着たアフロヘアーの人物が左上に見える。右上と左下に配置された絵画は同じ物だ。ゆったりとした白い服を着た女性の一部が見える。バックカバーには、タイポグラフィーというには中途半端なレイアウトでアルファベットが並んでいる。どれがバンド名なのか、曲名なのか、レーベル名なのか全く判別できない。一枚の写真とスライスされた写真が載っている。一見2枚は同じ物に見えるが、よく観察すると異なる写真だ。赤子と女性の顔の写真。"IN SEARCH OF THE PERFECT BABY"というタイトルに対応させているのだろうか?

頭いっぱいの「?」を振り払うためにレーベル面に情報を求めてみるが、謎は深まるばかり。着飾った黒い犬がすわっている。さっき街で見かけたグラフィティの男よりよっぽどお洒落だ。レーベル面の背景がグラフィティの東洋人と同じ顔色であることに気付く。レーベル面の端っこにゴミのように丸まったトリコロールの物体がある。レーベルと裏ジャケに書かれている"a les incroyables production"という文字からするとこれはフランスで作られたレコードかもしれない。

"IN SEARCH OF THE PERFECT BABY"はどうやら曲名のようだ。"SIR ALICK AND THE PHRASER"がバンド名。B面を見ると、"NURSERY CHYPES"が曲名、"THE PROLIFI URDOSKURDS"がバンド名となっている。スプリットシングル?という気が一瞬したが、曲名の下には、2曲とも(Lab Jab)の表記が。これは同じアーティストの別名義の曲を合わせた7インチかもしれない。とにかく人を食ったようなバンド名だ。何がなんだかさっぱり分からない。

発売年は不明。アートワークが醸し出す香りは、80年代前後のNew Waveを喚起させる。どこか垢抜けないところが、かえってアートへの強い志向性を感じさせる。とりあえず、「New Wave期のフランスで自主制作されたロンドンパンクに憧れる美大生によるアートロック」と仮定して、謎の世界から身を引いた。

 

2枚の「ジャケ買い」レコードが見つかって、急に店内が別の色彩を放ち出した。商品にピントを当てているとつかみ取れなかった店主のセンスが、店全体を視野に入れるとおぼろげに感じられるような気がした。

もしや、この店全体がこの店主によるアートプロジェクト?

この手に持った2枚の7インチシングルのどちらか、もしくは両方はこの店主によるレコードかもしれない!

 

7ユーロ分の紙幣とコインを店主に手渡す。

店主は目を合わすことなく、裏声のような高さで"Danke schön"とつぶやいた。

 

帰国後ターンテーブルに乗せられた2枚の7インチレコードは、想像を超える要素は何も無く、すかさずレコード棚を無秩序にいろどる色彩の壁にとりこまれた。

それから8年後の雨音が美しい早朝、不意にレコード棚から顔を出した2枚のレコードを眺めていたら、パラパラと歩道に落ちていく冷凍されたベルリンの音が聞こえてきた。

 

text by 青柳亮

 

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